ある日のレッスン|アウェイにいるのは、生徒のほう

ある日のトライアルレッスンでのことです。

挨拶の段階で、画面の向こうの生徒さんは表情が固く、品定めするような空気をまとっていました。
正直、威圧的な印象を受け、私も心が揺れました。イライラしなかったと言えば、嘘になります。

ですが、そこで一度、俯瞰してみたんです。

この人も、すごく緊張しているんだろうな。
それでも勇気を出してトライアルを予約して、時間を作って、お金を払って、受けに来てくれている。それは、本気だという証拠なのでは?
それなら、私のほうから穏やかな空気をつくろう。話しやすい雰囲気にしてみよう。

そう決めて、レッスンを始めました。

この気持ちの切り替えは長くレッスンを続けるための本質的な要素だと思います。

そもそも、威圧的な態度は、たいてい不安の裏返しです。
自分の弱いところを見つけられたくないからこそ無意識に強さのほうを見せてしまう。

そして生徒は、こちらが思う以上に難しい状況に置かれています。母語ではないフィールドでやり取りをする、いわばアウェイの場です。
そこで自分の要望を伝えなければならないし、「まだできないこと」のほうが圧倒的に多く緊張もあります。

たとえば、こまかい描写ができないから、言葉が単純になるのは当然です。
意思疎通が難しいから、「違う」「いいえ」といった否定の表現が強く出てしまいます。
そして、思うように伝えられない自分の状況にもイライラして、語尾が強くなってしまいます。
あの日の固い表情も、きっとそういうものでした。

アウェイにいるのは、生徒のほうなんです。

気をつけなければならないのは、これは教師の側にも起きます。
自分の文法知識に自信がないので、つい「これはこうです、当たり前でしょう」という言い方になってしまう。
弱さを見せたくないから、強さで覆ってしまう。

もちろん、軽く見られないだけの自信ある態度は大切です。ただ、威圧と自信は別物です。

ここが分かれ道です。

目の前の態度を「見下された」と読むか、「緊張している不安のサイン」と読むのか、同じ態度でも、受け入れ方が違えば次の一手はまるで変わります。

見下しと思うなら、こちらも感情的になってしまうでしょう。
あるいは負けじと威圧的になってしまう。

そうやって、不安と不安がぶつかり合ったらもう終わりです。

「穏やかな気持ちでやりましょう」という漠然とした精神論ではなく、大切なのは現象を「知っている」ことです。

威圧の裏には不安があり、生徒はアウェイにいます。この構造を知識として持っているだけで、目の前の態度を一段上から眺められます。攻撃ではなく、サインとして読めます。

感情に飲み込まれそうになっても、知っていれば状況を俯瞰して見ることができます。

目の前で起きていることを正しく読むことは後天的に身につく技術です。

あの日の生徒さんはどうなったのでしょうか。

穏やかに進めたあのトライアルは、長期のリピートにつながりました。実はこういう場面は、何度もあり、繰り返すうちに、「ああ、またこのパターンだな」と分かるようになりました。

見えているネガティブな態度に動揺せず、気持ちに寄り添って、この時間だけでも気持ちよく過ごしてもらおうと進めたレッスンが、トライアルから長く続く関係になっていく。

そこが、信頼を築く第一歩なのだと思っています。

逆に、一度感情の波に飲まれてしまえば、その生徒のリピートはおそらくありません。

もし感情をそのまま生徒にぶつけたり、またSNSなどで外に出してしまえば、品位を欠くことにもなりかねません。

長年オンラインで日本語教師をしてきて、感情に飲み込まれずに、相手の立場を俯瞰して見る技量が、リピートされるレッスンの土台になるとつくづく感じています。

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