現役の日本語学校の先生からよくご相談をいただきます。
給料が上がらない。
非常勤になって収入が減った。
授業準備や雑務にばかり時間を取られる。
そうした理由から、オンラインで教え始めた、という人が多いのです。
そして、その多くが、日本語学校や教室で長年経験を積んできた先生です。
資格があり、現場を知っていて、やる気もある。
教える力は、もう十分に持っています。
ただ、いざオンラインに移ると、なぜか生徒が続かない。
プロフィールに何を書けばいいかわからない。
安い価格で始めて、続けるほど苦しくなる。
教える力は足りているのに、収入につながらない。
今回この「ずれ」がどこにあるのかを整理するのが、この記事の目的です。
やりがいはあるけど、天井がある。
念のため言っておくと、これは「日本語学校はつらい仕事だ」という話ではありません。
むしろ対面の集団授業には、確かなやりがいがあります。
生徒の成長が、目の前で直接見えるし、教えながら、自分自身も伸びていく実感があります。
辞めずに続けていれば仕事はありますし、経験を重ねるほどスキルも上がっていく。
本当に素晴らしい仕事だと思います。
ただ、それでも、どこかで限界が見えてしまう人は少なくありません。
非常勤のコマ給は、簡単には上がりません。
収入を増やそうとすれば、コマを増やすしかない。
でも、一日の時間は決まっています。
頑張っても越えられない天井は構造的なものなので個人では変えようがありません。
そこにライフステージの変化が重なります。
妊娠、出産、育児、介護、家族の都合での引越し、常勤を続けにくくなり、非常勤になり、収入が下がる。
本人の力とは関係のないところで、働き方を変えざるを得ないことがあります。
ですので、相談に来る先生の多くも、やはり現実的な収入を目的にオンラインを始めた人が多いです。
最初は「学校と両立できたら」と考えている人がほとんどです。
ですが、実際にやってみると、両立はなかなか難しい。
そして気づくと、オンラインのほうが中心になり、最終的にオンライン専業になっていく。
私が見てきた中で、いちばん多い流れです。
オンラインに目が向くのは、自然なことだと思います。
場所に縛られず、時間を自分で決められ、収入の天井を自分で動かせる可能性があります。
ただ、その可能性を現実にできるかどうかは、教える力とは別のところで決まります。
教える力は、すでに持っている
最初に、はっきりさせておきたいことがあります。日本語学校や教室で教えてきた先生は、オンラインでも通用する基礎の力を、すでに持っています。
文法をきちんと説明できる。
学習者の誤用に気づける。どこでつまずくかを予測できる。
母語による間違いの傾向もわかる。
授業中に何かが起きても、落ち着いて対応できる。
これは一朝一夕に身につくものではありません。
特に強いのは、上級者を教えられることです。
上級学習者は、もう文法を一から教える相手ではありません。
より自然に話したい、仕事で使いたい、文章を整えたい、面接や会議に対応したい。そういう高度なニーズを持っています。そして彼らは、仕事を持ち、生活が安定し、学習に継続して投資できる人が多い。経験者にとっての本当のチャンスは、ここにあります。

だから、教える力そのものは心配いりません。
問題は、その外側にあります。
同じなのは「ハード」、違うのは「ソフト」
教室とオンラインで、変わらないものと、変わるものがあります。
変わらないのは、日本語教育そのものです。
文法、誤用への目、学習者の理解。
いわば土台にあたる「ハード」の部分で、ここは経験者がすでに持っています。
変わるのは、その土台の上で動かす部分です。
生徒をどう集めるか、価格をどう決めるか、一人ひとりにどう合わせるか、どうやって「また受けたい」と思ってもらうか。
サービスとしての見え方や、満足してもらう運び方。
つまり「ソフト」の部分です。多くの日本語学校出身の先生が止ってしまうのは、いつもこちらの部分です。
ハードは十分なのに、ソフトを動かしたことがない。
これが、経験者がオンラインでつまずく構造です。
下の表は、その違いを並べたものです。左の列は、もう手の中にあります。難しいのは、右の列です。
| 観点 | 日本語学校・教室 | オンライン個人レッスン |
|---|---|---|
| 生徒を集める | 学校の役割 | 自分でやる |
| 教える内容 | カリキュラムが決まっている | 生徒ごとに目的が違う |
| 教師と生徒の関係 | 教える側・教わる側がはっきり | 生徒が先生を選び、合わなければ離れる |
| 価格 | 学校が決める(コマ給) | 自分で決める |
| 満足度の決まり方 | 進度を守れたか | その人にとって必要だったか |
| 継続 | クラスとして固定 | 毎回、選び直される |
| 必要な準備 | 授業準備・教材作成 | それに加えて、見せ方・プロフィール・継続の流れ |
ハードは共通でも、ソフトはまるごと作り直しになります。
私の教材や講座が補えるのは、主にこのソフトの側です。
日本語教育の土台そのものは、もう持っているからです。
上級者にどう対応するか自信がない、という人もいます。
でも、基礎がある以上、方法さえ知れば、そこは自分で伸ばしていけます。
ゼロから教わる必要はありません。
伸び悩むのは、教える力の問題ではない
先ほどの表の右側を、もう少し具体的に見ていきます。
教える力があるのにオンラインで伸びない先生に共通しているのは、自分の経験を「生徒にとっての価値」の言葉に翻訳できていないことです。
たとえば、プロフィール。
多くの先生が、こう書きます。
「初級から上級まで対応できます」
「会話、文法、JLPT、ビジネス日本語、何でもできます」
一見、幅広く頼れそうに見えますがオンラインでは、これがいちばん埋もれる書き方です。
なぜなら、生徒は「日本語を教えてくれる人」を探しているのではないからです。
探しているのは、「自分の目的に合う先生」です。
仕事で日本語を使いたい人は、仕事の日本語を見てくれる先生を探しています。
N1に受かったけれど話す力に不安がある人は、上級の会話を深めてくれる先生を探しています。
面接を控えた人は、面接で何をどう言うかを一緒に整理してくれる先生を探しています。
「何でもできます」は、その誰にも刺さらない。
「上級クラスを担当していました」ではなく、「日本語で意見を述べたい人に、自然な表現と話の組み立てをフィードバックできます」。
「N1、N2を教えられます」ではなく、「読解で何を見るか、語彙をどう増やすか、試験までに何を優先するかを一緒に整理できます」。
同じ経験でも、生徒側のメリットに翻訳した瞬間に、伝わり方がまるで変わります。
経験者ほど、できることが多いです。
だからこそ、何を前に出すかを自分で決める必要があります。
それが、オンラインで選ばれる最初の一歩です。

たくさん教えることと、満足してもらうことは違う
教室では、カリキュラムを前に進めることが大切です。
今日はこの文型を導入し、練習し、確認して、次の課へ進む。
クラス全体の進度を見ながら、決められた内容を扱う。それは教室授業では正しいことです。
でも、オンラインの個人レッスンでは、たくさん教えたから満足度が高い、とは限りません。
たとえば、講師がどれだけ丁寧に文法を説明しても、その生徒が本当に必要としていたのが「会議で自分の意見を自然に言う練習」だったなら、満足度は上がりません。
逆に、扱った量は少なくても、「今日の表現は明日の仕事で使える」「言いたいことが自然な日本語になった」と感じてもらえれば、そのレッスンには大きな価値があります。
ある生徒には細かい訂正が役に立ち、別の生徒には訂正が多いと話す意欲が下がる。
ある生徒には宿題が必要で、別の生徒には宿題がただの負担になる。
オンラインでは、「正しい教え方」が一つあるわけではありません。
教師としての知識に加えて、その人に合わせて動かす柔軟さが要ります。そこを見極める力が、満足度に直結します。

日本語学校のやり方を、そのまま持ち込まない
オンラインに移るとき、いちばん気をつけたいのは、日本語学校のやり方をそのまま持ち込まないことです。
日本語学校では、教師と学生の関係がある程度はっきりしています。
教師が授業を組み立て、学生がそれに従って学ぶ。
ですがオンラインの生徒は、自分で先生を選んでいます。
合わないと思えば、次を予約しないだけです。決まったクラスに通い続けるわけではありません。
ですので、上下関係を強く作りすぎないほうがうまくいきます。
もちろん専門性は要りますし、間違いははっきり指摘します。
必要なときには、言いにくいことも言います。
ただ、「先生が正しいことを教え、生徒が受け取る」という一方向だけでは、オンラインでは続きにくい。
生徒の目的、性格、生活、日本語力に合わせて、距離の取り方も進め方も変えていく。集団授業との、いちばん大きな違いはここです。
マーケティングは、自分を大きく見せることではない
オンラインで個人として働くなら、日本語教育の知識だけでは足りません。
サービスとしての視点と、マーケティングの力が要ります。
この言葉に、抵抗を感じる先生は多いと思います。
「私は教師であって、営業がしたいわけじゃない」「SNSで目立ちたくない」。
その感覚は、よくわかります。
ただ、マーケティングは、自分を無理に大きく見せることではありません。
本来は逆で、自分が役に立てる相手に、自分の価値がきちんと届くようにすることです。
経験があるのに伝わっていない。良いレッスンができるのに、必要な人に届いていない。これは、とてももったいないことだと思っています。
日本語学校では、生徒を集めるのは学校の仕事です。
オンラインで個人として働くなら、「自分が選ばれる理由」を、自分の言葉でつくる必要があります。
オンラインに向いている人・向いていない人
正直に言うと、オンラインへの移行は、教室の授業をそのままオンラインレッスンに移すことではありません。
働き方そのものが変わります。
教室や日本語学校では、カリキュラム、時間割、教材、生徒、同僚、学校の方針が、ある程度すでに用意されています。
オンラインで個人として働くなら、その枠組みを自分でつくることになります。
誰に教えるか、何を強みにするか、いくらで提供するか、どのプラットフォームを使うか、体験から継続にどうつなげるか。「今日は何をすればいいか」「なぜ生徒が続かないのか」「プロフィールをどう直すか」。こうした問いに、自分で向き合い続けることになります。
だから、向いているのは、教えることだけでなく、自分の仕事を自分で組み立てることに、ある程度おもしろさを感じられる人です。
試行錯誤が苦にならず、一人で進めることにストレスを感じにくい人。
反対に、決められた枠の中で安心して教えたい人や、同僚と協力してこそ力が出る人には、負担の大きい働き方かもしれません。
もう一つ、向き不向きを分けるものがあります。動機です。
求めているのが「やりがいだけ」なら、一度立ち止まったほうがいいかもしれません。
たとえば、生活に困っている外国人を支えたい、という動機、これはとても尊い気持ちだと思います。
ただ正直に言うと、それを軸にすると、有料の仕事としては成立しにくい。
支援を必要としている層と、レッスンに継続して投資できる層は、必ずしも重なりません。
そこに本当の価値を感じるなら、地域の日本語支援やボランティアといった形のほうが、ずっと合っていると思います。
どちらが良い悪いという話ではありません。
オンラインを仕事として続けたいのか、ボランティア的なやりがいのために誰かを支えたいのか、どちらにも価値があります。
ただ、同じではない。自由である分、自分で決めることは増えますし、何のために移るのかを、自分の中ではっきりさせておくほうがいい。そこが、ひとつの分かれ目だと思っています。
では、何から始めるか
意外に思うかもしれませんが、まずはプラットフォームに登録して、やってみるのでいいと思っています。
完璧に準備してから、ではありません。
自己分析もプロフィールも、工夫の余地はいくらでもあって、「完成」を目指すと、いつまでも始められなくなります。
先に作り込もうとして、そこで止まってしまう人を、何人も見てきました。だから、まずは登録して、実際に生徒の前に立ってみる。そのほうが、ずっと早く進みます。
やってみると、必ずどこかで壁にぶつかります。
トライアルは入るのに継続につながらない。
プロフィールに何を書けばいいかわからない。
安い価格で始めて、続けるほど苦しくなる。
この壁にぶつかって初めて、自己分析やプロフィールが本当に大切だったと、体でわかります。
そのときに、必要だと思ったら講座や教材を手に取ってみてください。
最初から必要なものではありません。
試行錯誤の途中で「ここが足りなかったのか」と気づいたときに、その部分を支えるためのものです。

教室や日本語学校での経験は、それ自体がもう大切な土台です。
あとは、その経験をオンライン向けにどう伝え、どうレッスンの形にしていくか。
先に完璧を目指すより、まず動いてみて、必要になったところを埋めていく。そのほうが、オンライン日本語教師としての働き方は、無理なくつくれます。
日本語教師としての経験は、安く消耗させるものではありません。
必要としている人に、きちんと届ける。そして相応の報酬をいただく。
オンラインへの移行は、そのための選択肢の一つだと思っています。

オンライン日本語教師としての経歴
オンライン日本語教師として10年以上、10,000回を超えるレッスンを重ねてきました。2012年に日本語教育能力検定試験に合格。ヨーロッパからアジアまで、さまざまな国の生徒を担当し、主に上級・超上級のレッスンを専門にしています。
ありがたいことに、生徒が超上級になった今も、レッスンに通い続けてくれます。最長の生徒さんとは、もう7年以上。ほとんどの生徒が2年以上、継続してくださっています。
オンライン日本語教師向けの発信と個別相談
2019年、オンライン日本語教師向けの情報発信を始めました。当時、この分野に特化した発信は、ほとんど存在していませんでした。そこから、教材や個別相談を通じて、多くの先生が相談に来てくださるようになりました。段階が変わるたびに、また戻ってきてくれます。
こちらから売り込みは一切していません。それでも戻ってくる人がいる。これが、一人ひとりに本当に合うやり方を真剣に考え続けてきたことの、私にとって唯一の証明だと考えています。ノウハウを売るためではなく、現場で積み重ねた経験から話しています。


